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「主婦と恋愛」はW杯小説

本屋を徘徊していたとき、文庫本の後ろのストーリー紹介が気になって「主婦と恋愛」を読んでみたのです。藤野千夜さんという作家さんを読むのも初めてですし、ふだんなら敬遠しそうなタイトルでしたけど……。


主婦と恋愛 (小学館文庫)主婦と恋愛 (小学館文庫)


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↑小学館文庫は表紙がかわいい


小説の舞台は、2002年の6月~7月。そう、日韓W杯が開催された時期です。主人公の主婦・チエミは31歳で、37歳で高校教師の夫・忠彦と2人暮らし。夫と違ってサッカーファンでも何でもなかったチエミは、もらったチケットで札幌で行なわれたW杯の試合を見に行くことになり、それがきっかけで生活が変わっていくのですが……。

「主婦と恋愛」というタイトルですが、この話には「恋愛」は出てこないような気がします。「ちょっと好きかも」みたいな気持ちは描かれますが、濃厚な恋愛も色気もまったくありません。

チエミ夫妻は試合を観に行った札幌で、東京から来ているひとり観戦の20代の女子・ワカナちゃんと知り合い、東京に戻ってからもなぜか連絡をとって、日本代表の試合を自宅でいっしょに見るようになります。そうこうしているうちに、近所に住むフォトグラファーのサカマキさんとも知り合い、なぜか4人でTVでサッカー観戦をするようになり、チエミはなんとなくサカマキさんに好意を抱くようになりますが……。

小説の終盤では、4人は「雰囲気を味わいたい」と、チケットはないけれどもW杯決勝戦が行なわれる横浜まで出かけていったりもします。小説では、そのときにどんな試合が行なわれていたのか、結果はどうだったのかは書かれていませんが、覚えている人なら容易に思い出せることでしょう。チエミたちが行った札幌の試合は「ドイツVSサウジアラビア」だろうとか、4人が最初に一緒にTVを見た試合は「日本VSロシア」だよなあとか。

サッカーについてはほとんど書かれていないものの、あの2002年のW杯当時のことがものすごく鮮明に思い出されてくる、そんな不思議な小説です。チエミのようにサッカーに興味がなかった人たちまでが、どこかうわついた気持ちになり、抵抗なくブルーのユニフォームを着て、お祭り騒ぎをしてしまったあの特別な時期のことを……。

W杯というイベントがなければ、絶対知り合うはずがなかった人々と知り合い、なぜか食事をともにし、同じ試合に熱狂してしまう不思議。私自身は02年のW杯ではそんな経験はしていませんが、そもそもスタジアムへ通うきっかけとなったのはこのときのW杯でしたし、これがなければSOCIOになることもなかったでしょう。今では、東京がなければ一生出会うはずもなかった人々と話し、酒を酌み交わす(?)ようになってしまったわけですし……。そんな自分にとっては、この小説は妙に臨場感にあふれ、感情移入できるものだったのです。

繰り返し放送される、日本代表がW杯初勝利を決めたゴールシーンを見て、チエミはこんなふうに思います。

この瞬間をたまたま一緒に見ることになったあの人たちとは、これからどういう付き合いになるのだろう。
歴史的勝利、歴史的勝利とテレビはしつこく繰り返していたから、何年か、たとえば五年とか十年とか、二十年とか経っても、またどこかであのシーンを目にすることがあるのかもしれない。
そのとき、彼らは自分にとって親しい人になっていたりするのだろうか。
それとも懐かしい人になっているのだろうか。
ほとんど思い出せない人になっているのだろうか。
単にもうどうでもいい人になっているのだろうか。



この小説がどこかせつないのは、W杯が終わると同時に、たぶん彼らの関係もゆるやかに終わっていってしまっただろうと思われること。そんな結末までは描かれていませんが、「祭りのあと」の寂しさもまた、祭りがあったからこそのものなのでしょう。

今年もW杯がやってきますが、8年前のようなあの雰囲気は、やはり自国開催特有のものだったのかもしれません。日本中がどこかうわついていたようなあのときの気分を、できれば生きているうちにもう一度、味わってみたいものです。

もっとも、毎年3月になるたびにシーズン開幕でうわついた気分になってしまう私らの場合、まさに「終わらない祝祭」の日々を生きているのかもしれませんが……。

タイトルに抵抗感を抱く人は多かろうと思いますが、「主婦と恋愛」、おススメですよ~。
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コメント

タイトルで手が出なったかも
まさか、W杯に関係する小説だったとは……。
藤野千夜さんの小説は、朝日新聞の
連載小説ぐらいしか読んだことがないのですが、
わりと好みのタイプだったので、
(この人はコージー・ミステリを書くと
面白いかも)、
今度本屋で探してみます。
(もしくなネットかv-356
MIKAさま
MIKAさん、コメントありがとうございます。

試合のことも、サッカーのことも何も書いてないのですが、当時の空気感というのがすごくよく出ていて、「そうだったなあ」といろいろ思い出しながら読んでしまいました。

藤野千夜さん、私も好みの作家さんだと思いました。ほかにも読んでみようかと思います。

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